美容室では無力

私は美容室に行くと、赤子のように何もできない人間と化します。

その無力さといったら、赤子どころの騒ぎではありません。

穴の空いた浮き輪よりも、飛ぶことを忘れた地を這う鳥よりも、家が全焼して残ったのが庭に埋めていたタイムカプセル『20歳の自分へ』という手紙だけだった、という状態よりも無力と化します。

まず、「こんにちは」とお店に来店したときから、自身の無力感を感じます。

「いらっしゃいませ」と、お店の方に荷物と上着を預けた時点で、私は半強制的に無一文かつ無抵抗の人間となります。

美容師さんに指定の席に案内され、カウンセリングを終えると、朝シャンをしてきたのに「じゃあシャンプーしますね」と言われ、そのままシャンプー台の椅子に座らされます。

ゆっくりと椅子を倒され、「何だか身体がもう少し上にある方が良いんじゃあ……」とモジモジしながらも、口封じの(違う)布を顔に被せられます。

例えシャワーのお湯がものすごく熱くても、「うわ、アッツ、アッツ!」なんてことは言えませんので、熱湯が頭皮に馴染むのをじっと辛抱します。

シャンプーをしてもらっている間に、「お痒いところはございませんか?」と聞かれたときに、「いや、ちょっと右頭部が……」、「この辺ですか?」、「いや、もうちょっと左」、「この辺ですか?」、「あー、惜しい。

もっと上の方」なんて不毛なやりとりをして、美容師さんのお手を煩わせるわけにはいきません。

また、カットの最中に「今日はどこかお出かけされるんですか?」と尋ねられて、このまま家に帰るだけだとしても、「ショッピングデートです」と堂々と答えなければいけません。

「お付き合いされて長いんですか?」と話を掘り下げられても、「今日でちょうど一ヶ月で」とやや赤らめ顔を作りながら対応する必要があります。

美容師さんが目測を誤って、ちょっとだけ耳を切られてしまっても、この失敗で美容師さんが一人前になれるなら、と許容しなければいけません。

那覇カットモデル募集では、人間は無力なのです。